11. Elderflower Cordial
この曲を聴いていると、「四つ葉のクローバー」を思い出すんです。あの曲もケルト音楽でしたが、今曲はさらにアイルランドの人々の暮らしに寄り添った世界観なのかな?と。ライフイズダウンタウン…ではありませんが、『精霊』という非日常的な単語が使われながらも、場面設定はアイルランドの古いパブなんですよね。
きっと、日本よりも不思議な事が身近にあるような気がする。ハロウィンの発祥もアイルランドみたいですし。
ありがとうという言葉には
本当は不思議な力がある
でも言うことを忘れていれば
その力も忘れ去られてく例えばどんなものにも精霊が
宿ってると信じることを
時代遅れだと言うなら
進んだ世界にどんな意味がある?
『ありがとう』の魔法。
日本には『言霊』信仰があります。
言葉に宿る霊の意。 古代の日本人は言葉に宿る霊力が,言語表現の内容を現実に実現することがあると信じていた。 言霊の信仰によって言葉を積極的に使って言霊をはたらかせようとする考えと,言葉の使用をつつしんだり避けたりする考えとの二つの面がある。
ケルトの人々が精霊を信じるように、日本人は言霊を信じている。これを前提とする世の中でなければ、『ありがとう』の魔法は消えてしまうだろう、って歌詞。
こういうことをポップスというジャンルで描くのが、槇原敬之というアーティスト。
出会ったばかりの僕でも
未来の親友かもしれないと
笑顔とエールくれた古いパブに
今夜も音楽が流れる
これは言い伝えとしてあるそう(坂本美雨のディアフレンズより)
でも、本当にそうですよね。誰だって未来の親友になる可能性はある。前提としてそう思っていれば、たまたま知り合った一期一会の人でも仲良く優しく出来る。良い言い伝えだと思います。
私も今回知ったので、新しく出会う人(お店とかで一緒になった方とかも)こういう考え方で接したいと思いました。
摘み終わったあとで
ありがとうと言った君に
次の年も小さな白い
花を咲かせてくれるのだろう?
街で偶然に見つけたよ
君のにはかなわないけど
土と花の甘い香りの
Elderflower Cordial
言霊と通じる所がありますが、日本人は何にでも神様が宿っていると考える種族です。最近は一般的に聞かなくなりましたが、八百万(やおろず)の神が居るとされています。土、木、山、太陽…という自然だけではなく、茶碗や服、ほぼ全てのものに神様が宿っている。そんなお国柄。
先程引用した歌詞、『君』はエルダーフラワーの木に『ありがとう』と声をかけたと思うんですが、精霊を信じるアイルランドでは日本人と同じように、木そのものだけじゃない存在にも『ありがとう』って声をかけている気がします。この辺りは、各国で考え方が分かれそう。
土と花の甘い香り
なんでしょ、何となく色気を感じるのは私だけ?(フォント色もピンクにしてみましたが)土、という荒っぽいものと、花の甘い香りという柔らかいものが融合されると、化学反応を起こしますね。つまり、脳内で色気に変換されちゃう。ま、好みの問題もあると思いますが。
お台場 海側から見た東京
退屈とは無縁の都市の影で
飢えた子供や仲間はずれが
怖くて従う人もいるここを君においでよと
言える場所にしたい
本当に大事なものは何か
僕らは知ってるはず
本当に大事なもの…
何でしょうね。
僕らは知ってるはず、と書かれていますが、すぐさま答えられる日本人は果たしてどれ位いるんでしょうか?
精霊や言霊を信じる位、純粋な人がもっと増えれば良いのに。
そんな風なメッセージが聞こえてきそうです。
最後に。
おととしかな、クリスマスにオフ会したんです。槇原敬之だけを語る会。主催はツインタワーズで。クリスマスという事で、五百円以内で買える、プレゼント交換を参加者の方にお願いしました。お題は『槇原敬之楽曲に出てくるキーワードにちなんだもの』
皆さん悩まれていましたが、ほぼ商品が被ることなく交換会は楽しく盛り上がりました。予算が限られているから余計に知恵が必要で。私がやるオフ会って、こんな小ネタを仕込むので、人によってはめんどくさい(笑)ってなるかもしれません。
皆さんが選んでくれたものは、チキンライスの素、桃の缶詰、無印良品のビューラー、etc(マッキーファンならわかりますよね?)
その時、私が持って行ったのが、『エルダーフラワーコーディアル』の小さなボトル。
当たった方は飲んだことが無かったそうで、喜んでもらえました。
精霊、言霊。
見ようとしなければ、見えないもの。
そして、私が仕込もうとする(笑)小さいけれど、人を喜ばせようとする想い。
これもまた、精霊や言霊に通じるというか、、、ニュアンスでわかって貰いたいんですけど、無くても生きて行けるけど、あったら嬉しい、そんな『大切なもの』
マッキーが書いた、本当に大事なものってつまりは、こういうことだと個人的には思っています。
この先の人生で、どれ位の人を喜ばせられるのか?
そんな事を考えつつ、今記事はおしまい。